宝石商とガソリンスタンド | |
ある寂れた田舎町があった。 この町には仕事も無く、海や山で取れたものを食べていく生活であった。 仕事の無い若者はテレビやネットで知り得た情報を頼りに、華やかな都会へ出てしまう。 この町へ都会から人を呼び寄せようと、多くの税金を使って高速道路を作った。 しかし初めからわかっていたことだが、やはり都会から来るよりもはるかに多くの人がこの町を捨てて出て行ってしまった。 いわゆる「ストロー現象」が起こったのである。 多くの若者は町を捨て、残ったのは年老いた人たちだけであった。 残った者たちは、この状況を打開しようと、住民が集まって、若者を呼び寄せるための対策を協議をした。 そこでまとまった意見というのが「この町にあるきれいな海や山を売り物にしよう」というものであった。 まったくの見当はずれな意見を採用したのであった。 なぜこの意見が「まったくの見当はずれ」なのかというと、「きれいな海や山が売り物」であるならば、そもそも若者たちがこの町を離れる事はなかっただろう。 さてさて、そんな町に一人の宝石商の男が車に乗ってやってきた。 町にある唯一のガソリンスタンドで給油したついでに、その男は商売を始めた。 男は助手席に無造作に置いてあった頑丈そうなジェラルミンケースを開き、ガソリンスタンドの主人にその中身を見せた。 そこには、ダイヤモンド・サファイア・ルビーなどなど、煌びやかな宝石が詰め込まれていた。 そのキレイな宝石を見たガソリンスタンドの主人は、ちょうどもうすぐ誕生日を迎える奥さんにプレゼントしようと、ジェラルミンケースに入った宝石の一つを購入することに決めた。 その宝石の価格はちょうど1万円。 お手頃価格でもあり、奥様にも喜んでもらえるような代物であった。 しかしガソリンスタンドの主人は手元にお金が無かった。 主人は宝石商に言った。 「明日までには貸してあったお金が入ってくるから、それまでその宝石は誰にも売らないで持っていてくれ。そしてこの町を出るときには必ずまた寄ってくれ。その時にお金は払う」と。 宝石商の男は了承し、ガソリン代を支払ってそのガソリンスタンドを後にした。 しばらく運転し、宝石商の男は予約しておいたホテルに到着した。 1泊2食付きのそのホテルの料金は、ちょうど1万円だった。 料金は前払い制だったので、受付でチェックインを済ますと同時に宿泊料金1万円を支払った。 ホテルの厨房では、宿泊客のための料理を作っている。 本日の料理のメインは地元で取れた新鮮な魚だ。 この日のためにホテルでは朝早くに魚屋からこのメインとなる魚を仕入れていた。 ところがホテルには魚屋に代金を支払うお金が無かった。 そこでホテルの仕入担当者は魚屋に言った。 「今日宿泊客が来る。その時にお金が入るから、お金が入ったら今までの分をまとめて1万円支払うから待っていてほしい」と。 そうして宝石商からもらったホテル代金1万円をさっそく魚屋に支払いに行った。 その魚屋は今までの賃金として漁師に1万円を支払った。 漁師は漁船の燃料代としてガソリンスタンドの主人に1万円を支払った。 夕食の時間になり、宝石商の男は新鮮な魚に舌鼓を打った。 さて、翌日の朝になって宝石商はホテルをチェックアウトし、町を出ることとなった。 宝石商の男は約束どおり昨日のガソリンスタンドに立ち寄った。 ガソリンスタンドの主人は宝石商を見るなり、 「昨日約束した宝石をおくれ。お金ならここにある」 と、宝石商に1万円を渡して、ガソリンスタンドの主人は宝石を受け取った。 宝石商の男とガソリンスタンドの主人は笑顔で別れた。 |
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