鎖国
オランダは、ポルトガルやスペインが日本に領土的野心を持っていることを忠告すると、幕府はスペイン船の来航を禁止し、1635年には日本人の渡航・帰国の全面禁止に踏み切った。

それに対して、1637年、島原でキリシタンが大規模な反乱を起こした(島原の乱)。

何とか鎮圧した幕府は、これを契機にキリスト教の取締りを一層強化した。

さらに海外からのキリスト教の流入を徹底的に防ぐために、1639年にはポルトガル船の来航も禁じ、オランダ人の商館も長崎の出島に移し、統制を強化した。

海外との交流窓口を出島に絞り、キリスト教による侵略を防ぐのが徳川幕府の鎖国政策の意図だった。

幕府には国を閉鎖しようという意思はなかった。

キリスト教の流入防止が目的で、貿易と海外情報の収集は維持したいと考えていた。

「鎖国」という言葉は後世の人々がつけたものにすぎない。
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